2008年に入り、シャープの堺工場、パナソニック(当時は松下電器産業)の尼崎、姫路両工場など大型投資が大阪湾岸に集中していることが注目され始めた。当初は、液晶パネル、プラズマパネル、そして太陽光発電パネルの工場の建設があったことから、「パネルベイ」という名称が付けられるに至った。 その後、リチウムイオン電池の工場立地が注目され、電池の関連産業も集積しているということから、「バッテリーベイ」という名称も登場してきた。 こうした大型工場の立地と同時に、流通関連企業の立地も大阪湾岸に進み、この二十年間、その衰退ぶりばかりが目に付いてきた関西経済にやっと風が吹き始めたと大きな期待が寄せられたのである。様々な研究機関等が、その経済波及効果を算出し、立地そのものの直接効果とその生産開始後の波及効果も加えると、数兆円規模に上るという予測も発表された。 繊維産業が衰退し、1980年代後半以降、家電産業も海外への生産拠点の移転が進んだ。大阪湾岸地域は、重厚長大型産業の衰退と工場の縮小、撤退などが相次ぐと同時に、遅れて完成した工場用地が、未利用地としてその面積を増加させてきた。 その間、関西地区の製造品等出荷額は1970年代をピークに低下しつづけ、特に1980年代に入るとその地位を東海地区に抜かれ、徐々に格差を拡げ低下の一途だった。それだけに、ここ数年、特に2008年に入り、注目を集めることとなった大阪湾岸への巨額の投資は、関西経済浮揚の契機なると期待が膨らんだのである。