| 最近、「都市計画」という言葉に代わって、「まちづくり」という言葉が使われるようになりました。これには2つの理由があると思います。ひとつは、都市の将来を、ハードだけでなく、社会のあり方を含めて考えるようになったこと。もうひとつは、計画の主体が国から、地方自治体と市民へと変わろうとしていることです。 |
| 官主導から市民へ |
「道路、河川、橋梁は本なり、水道、家屋、下水道は末なり。」明治時代、都市計画は、こう定義されていました。都市計画とは産業インフラの整備であって、人々の暮らしにかかわる部分は末節であるという考えがあったわけです。そして、もちろん、都市計画の主体は「官」でした。
しかし、最近になって、「公共」のあり方が問われるようになりました。伝統的な日本の考え方では「公」とは「官」のことを指しましたが、地方分権と市民参加の流れの中で、新しい「公」による都市計画が求められています。「官」の都市計画が末節としてきた人々の暮らし、住宅や上下水道だけではなくて、産業や雇用、コミュニティのあり方までを含んだ内容で、都市の将来を考える計画です。
国主導の「都市計画」は、国のお金で行われていましたが、今後は、それを期待できません。地域に住む人たちが、もちろん自治体、企業も含めてですが、自分たちでお金を捻出し、自立的なルールをつくって、将来の暮らしのあり方までを包含した「まちづくり」を行っていくことが必要です。
「まち」に漢字をあてると、「町」と「街」があります。「町」は住所表示に使われるように、官が空から地域を眺め、管理するためにつけた記号です。「街」は街路を中心とした考え方で道を中心にしたコミュニティが原単位となっています。「まちづくり」と言う時は、従来の都市計画的な意味合いを持つ「町」と、コミュニティ単位で考えようという「街」の両方を兼ね備えた取り組みを指していると思います。
社会学でも、最近、ストリートワイズ(Street Width)という考え方が出ているそうです。これまでのコミュニティ研究は、大阪市という単位で考えたり、都市と郊外を対比したり、大きな面的な広がりをユニットにして分析してきました。かつては、それでも計画づくりに役立ちましたが、最近は、そうはいかなくなってきました。今、大阪で元気がいいのは南船場やアメリカ村ですよね。あそこの元気のよさは、あの地域の特別なコミュニティ(ローカリティ)があるからで、それを大阪市全域に普遍することは不可能です。あの地域を分析して得られた施策は、あの地域でしか使えないのです。
コミュニティと密接なかかわりを持つ地域の将来像を考える作業は、そこに住む人が関わらなければならないし、ハードだけではなく暮らしを含めた計画を立てる必要があります。ここからも、市民参加の「まちづくり」が求められている流れが見えてきます。 |
| 21世紀の都市の条件 |
昨年、日本都市計画学会が、明治時代から現代まで、つまり20世紀のわが国の都市計画の総決算を行いました。
高く評価されたのは、道路づくりと土地区画整理事業。官主導の都市計画によって、短期間に、これだけの道路と都市をつくり、総合開発計画に沿って全国に生産拠点をつくって農村を豊かにしました。私も、その業績は評価されるべきだと思います。
負の遺産もあります。第一にあげられるのは、都市の成長政策の弊害です。都市に人口が集中し、市街地が膨張したことによって、自然の消滅、大気汚染、水質汚染などの、環境問題が起きました。同時に、都市の中にはインナーシティができてしまった。仕事の都合や経済的理由で郊外に行けない人が、道路が狭隘で火事や地震があったら危ないという状態の密集市街地に取り残されています。
21世紀は、そんな負の遺産を解消すると同時に、新しい課題にも取り組まなければいけません。
経済がグローバル化する中で、世界都市化を急ぐ必要があります。世界都市の条件は、まず、文化の多様性を持つことです。関西には、中国や韓国をはじめ、たくさんの異文化コミュニティがあり、この点に関しては優れていると思います。その上で、必要なのは、国際ビジネスや国際交流を行う企業や団体をサポートできる環境ですね。具体的に言うと、国際弁護士、国際会計事務所、ISOの認定機関など、グローバルスタンダードを専門職とする人や事務所がたくさんあること。ニューヨーク、ロンドン、東京、シンガポール、国際都市といわれるところは、みなそうです。
21世紀の課題として、もうひとつあげられるのは、都市計画の倫理です。何のために、誰のために都市の活性化を目指すのか。その議論が、欧米に比べてかなり遅れていることが、環境共生や市民参加の実現を遅らせているのです。
欧米で、地方分権して「まちづくり」をうまく行えるのは、それを担うNPOがいるからです。国際都市の条件と同じく、まちづくりを支える団体が数多くあるのが21世紀の都市の条件です。阪神・淡路大震災の後、建築家やコンサルタントが、半分ボランティアのように少ない報酬で仕事をしましたよね。あれはまさにNPO活動です。欧米では、NPOに安くオフィスを貸したり、寄付すると税金が控除されるので、NPOは資金を集め、低コストで仕事ができるのです。
市民参加を進める上では、連携も重要です。複数の都市が力を合わせれば、可能性が広がります。それに、市民参加をやっている人も、人間ですから、だんだん疲れてくるんですよ。そんな時、他のところと情報交換や交流をすると、元気が出るんですよね。 |
| 都市は求心化する |
21世紀、関西という地域をどのようにマネジメントしていくかを考えるとき、前提条件をまず整理しておく必要があると思います。
それは、人口が減り、物的生産の総量が減るということです。これを考えますと、都市は求心化せざるを得ません。かつて、人や工場が郊外に出て行ったのは、都心の環境が悪いからだと言われますが、実際には経済的要因、つまり、都心の土地が高かったことが大きな理由でした。コストが下がれば、便利な都心の方が好まれることになるでしょう。
それに、ITやバイオなどの新産業は、巨大工場のような空間を必要とせず、都心立地が可能となります。幸か不幸か、都心には空き地、遊休地が増えていますからね。流通も郊外型が今後も強いとは限らないと思いますよ。週1回、車で出かけて大量に買うというライフスタイルが、将来的には減ってくると思います。都心で、ちょっとこだわったものを毎日買うとか、インターネットや通信販売で配達してもらう。流通における中抜きが起これば、スペース需要は減ります。
あらゆる面で、都市は求心化する方向で動くでしょう。そうなった時、一番大きな問題は衛星都市の人口減少です。これは、いくつかの都市に集約していくしかないと思います。それも、自然に任せるのではなく「大阪の千里中央は成長しているから、都市機能を上げて集中させよう」というふうに政策的にやるべきです。産業政策で言う、選択と集中ですね。一様に人口が減っていくと、将来、上下水道や道路や小学校などのメンテナンスをするための予算が無いということも起こってくると思います。
1960年代に、都市の成長政策への批判として登場した、コンパクト・シティという考えが、今、見直されています。1990年代になって、サスティナブル・シティという考え方も出てきましたが、これは、循環型社会をつくろうという意味あいが強く、空間の概念があまりない。「物質を循環させてさえいれば、都市は拡大してもかまわない」と成長を容認してしまう余地があります。しかし、本来、地球環境保全と成長は両立できないはずです。コンパクト・シティの考え方は、絶対量を減らしましょうということです。この考えが復活してきている理由は、そこにあるのではないかと思っています。
1980年代から、アメリカで、コンパクト・シティの考えに基づいたまちづくりが行われています。公共交通を優先し、駅から歩いていける範囲で都市をつくり、都市域の無限の拡大はやらない。アメリカのポートランドでは、まず、鉄道を前提に、駅を中心にまちをつくりました。ニーズのあるところに交通インフラをつくるのではなく、先に交通をひいて、それで処理できる範囲内に都市の成長を押さえるという、これまでとは逆の手順です。実は、これは、関西ですでに行われているんですよ。関西の私鉄は、先に路線をひいて、その駅を中心に都市開発をしてきましたからね。
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| ベイエリアの将来 |
ベイエリアは、時代の流れのなかで20世紀の負の遺産のようになっています。ここを「選択と集中」の対象にすべきかどうかという議論が必要ですが、私は、次の時代の資産に変えなければならないと思います。
アメリカやイギリスも、30年ほど前、同じ問題に直面して、ベイエリアを生活空間として作り変えてきたわけですね。生産場所ではなく、人が住み、暮らしを展開する場所です。
日本でも、生活空間化すべきだと思いますが、市場原理に任せて自然発生的に変えて行くのは難しい。東京でもベイエリアの開発はなかなか進まないのに、六本木や愛宕山は民間資金で先に進んでいます。
そこで、必要なのは規制緩和です。市場原理が働きやすくするのです。ベイエリアでは、臨港、工専の指定を外し、公共が少しインフラ整備して、生活空間にするという都市の将来像を示すことが必要です。今は、違う意味で将来像が明確ですよね。「臨港がかかっているから、これこれはできない」と。そんなところに資金を出せと言われても、出しませんよ。
アメリカがウォータフロントの再開発を行った時は、公共が民間の土地を引き受けて、開発者には地価ゼロで提供しました。そういうことが、民間が開発できる条件整備だというわけです。日本でも、せめて半値ほどにできないでしょうかね。
ベイエリアに新たな居住の場をつくり、過疎化してくる郊外には、元の田園地域を復活させる。そうやって、関西の都市を30万から40万人ほどのコンパクト・シティ群に集約していくことが必要ですし、そうならざるを得ないと思います。
今、堺市と尼崎市は、ベイエリアに森を作ろうとしていますね。都市に近いところに、大規模に自然環境を創造するというのも、いいことだと思います。かつて、都市が拡大して、郊外の自然を侵食してしまった。その郊外に住む人たちの新たな遊び場、自由時間の場をつくれるというのも、ベイエリアの可能性のひとつだと思いますよ。 |
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